<Header>
<Author: 杜甫>
<Title: 觀公孫大娘弟子舞劒器行>
<Format: 格式不明>
<Year: 1988>
<BookName: 唐詩三百首詳解  上卷>
<Translator: 田部井文雄>
<style: 現代文無假名>
<style2: 日本現代譯文無假名標注>
<TranslatedTitle: 公孫大娘が弟子の劍器を舞う觀る行  并びに序>
<BookPage: 317>
<UsedPage: 1>
<Feature: 5>
<End Header>
<Poem>
昔有佳人公孫氏，
一舞劒氣動四方。
觀者如山色沮喪，
天地爲之久低昂。
㸌如羿射九日落，
矯如羣帝驂龍翔。
來如雷霆收震怒，
罷如江海凝清光。
絳脣珠袖兩寂莫，
況有弟子傳芬芳。
臨潁美人在白帝，
妙舞此曲神揚揚。
與余問答既有以，
感時撫事增惋傷。
先帝侍女八千人，
公孫劒器初第一。
五十年間似反掌，
風塵傾動昏王室。
棃園子弟散如煙，
女樂餘姿映寒日。
金粟堆南木已拱，
瞿唐石城草蕭瑟。
玳筵急管曲復終，
樂極哀來月東出。
老夫不知其所往，
足繭荒山轉愁疾。
<End Poem>
<Translation>
大暦二年十月十九日、夔府の別駕である元持の住居で、臨頴出身の李十二娘が剣器の舞を舞うのを見て、そのあでやかで雄壮なさまをりっぱであると思い、その師匠はどなたかと問うた。すると答えて、「わたしは公孫大娘の弟子です」という。開元三年、わたしがまだこどもであったころ、郾城で公孫氏が剣器渾脱の舞を舞ったのを見たことを記憶している。その舞は、時になめらかに時にまた急に停止するといった自在なもので、ひとり傑出していて、その時代の第一人者であった。当時宮中の宣春園、梨園の二つの教坊のすぐれた伎女たちからそれ以外の伎女のすべてにおいて、この舞に通暁している者は、玄宗皇帝時代の最初から、この公孫氏だけであった。彼女はまさに玉のかんばせ、銘の着物の人であった。ましてわたしは老残白髪の身であり、今は、この弟子李十二娘もまた、盛年の容貌ではないのだから、公孫氏の存在しないことはいうまでもない。わたしはすでにその舞の来歴を明らかに知り、公孫大娘と李十二娘との舞において、その手ぶりなどのさまざまに起伏変化するさまが、、両者ともに同じような巧みさであることがわかった。過ぎ去った日のことをあれこれと思ってわたしは興奮し、まあまあとにかくここでこの剣器行を作った。昔、呉の人張旭は草書の名人で、さかんに紙に筆をふるった。ある時、鄴縣において彼は公孫大娘が西河の剣器の舞を舞うのを見たところ、この時から彼の草書は大いに進歩し、力強くてのびやかで、はげしい感情がこめられている書風を得たという。以上のことからして、公孫氏の舞のすばらしさを推して知ることができよう。



その舞を見ようとする者は山のように多く集まり、その人々はみな、感動のあまり心を奪われて顔色を失い、天地もこの舞のためにあるいは下がり、あるいは上がって浮沈するかと思われるほどだった。その舞のきらぴゃかに輝くさまは、伝説上の弓の名手の羿が九つの太陽を射落としたかのようであり、そのとびあがるさまは、天上の多くの神仙たちが、竜をそえ馬として大空に飛翔するかのようであった。現れて来るときは、かみなりが激しい雷鳴をぴたりと止めたときのようであり、その終わりのときは、大江や大海がその水面に清らかな光を凝結させているかのようであった。

そのような公孫大娘のあかいくちぴると、真珠で飾ったそでは、二つともすでにわびしくこの世のものではなくなってしまったが、公孫大娘の晩年に、李十二娘という弟子でそのかおり高い芸風を伝える者が現れた。その臨穎出身の美人は、今ここ夔州の白帝城に来ており、この剣器の曲をみごとに舞ってその精神は見るからにのびのびとしている。わたしと問答することによって、すでにその舞に由来のあることが知られ、わたしは時世のありさまに思いをいたして、過ぎ去ったことをあれこれと考えると、嘆き悲しむ心がつのるばかりである。

先代の天子玄宗の侍女は八千人を数えたが、公孫氏の剣器の舞は、その中にあってもはじめから第一であった。しかし、、それからの五十年の間に、手のひらをかえすように世の中は移り変わり、戦乱のちりはもやもやと立ちこめて王室を暗くとざしてしまった。梨闘の教習生たちは煙のように散ってしまい、伎女たちのうらぶれた姿は、冬の冷たい光の中に照らし出されている。

先帝女宗の陵墓のある金粟堆の前には、葬るとき墓前に植えた木が既に両手でだき抱えるほどになって歳月の経過を示しており、ここ瞿塘峡の近くにある石城白帝域には、草の葉が風に吹かれてものさびしい。玳瑁作りの弦業器や、、あわただしい笛の音が鳴りわたって、曲はいま終わりをつげた。歓楽が頂点に達し、悲哀の情が迫って来たいま、月が東の空に現れ出た。この老いたわたしは、自分の行くべきところも知らぬままに、足には、かいこのまゆのようなまめができて、いよいよ悲しみなやむばかりである。
<End Translation>